いつも、お色気コメントを下さっている、老玩童 OJINさんのブログに、素晴らしいエントリーが上がっていました。
もちろん、その文章を書いたのは老玩童 OJINさんではありません^^)
hideおじさんという方が書かれた以下の文章です。
「亜細亜の図書館」
リンク先をぜひ読んでみて下さい。
かつてアジアで唯一、列強の仲間入りをした独立国・日本を、多くの人々が憧れ、そこに蓄積されていた知識と書物を求めて留学してきた様子が紹介されています。
白人のような人種差別と奴隷化の政策を取らず、一つの極として立った日本は、列強の植民地か属国となるしかなかった世界にあって、光明として輝いていたのです。
hideおじさんの言葉を借りるなら、まさに当時の世界にあって夢を与える存在でした。
こういうことを言うと、「日本の利益の為にやった事で、たまたま良い面もあっただけじゃないか」と批判する人がいます。
日本の利益を第一としてやった…、当たり前のことです。
それの、どこがいけないのでしょう?
そんな事を言う人たちは、日本が神様か仏様でなければ満足出来ないのでしょうか。
弱い国も強い国も、個人でも会社でも、すべて自分たちの事を第一として活動しています。
何も悪いことではなく、至極当たり前のことです。
苦境からスターに上り詰めた人を指して、夢と勇気を与えてくれたと人々は言います。
そのスターが自分の為に働いているからといって、批判する人がいるでしょうか。
今、苦境にある人へ夢と勇気を与えただけで充分です。
そして、自分の為に働き、余裕のある範囲でチャリテーやボランティアをしてくれるなら、賞賛されて当然だと思います。
それを、人気取りの偽善だとか批判する人は、自分では何もしない人たちです。
何もしない正論よりも、手元に届く偽善の方が遥かにマシです。
私は、かつての日本に対する好意的な評価に対し、「日本の為にやっただけじゃないか」という人たちは、何もしないで批判だけをする最悪の人種だと思います。
あるいは、まるで100点を取れないからダメだというような、幼稚な精神が匂い立つように思えてなりません。
かつて日本は、世界に夢と希望を与えました。
面倒なので、いちいち事例を挙げませんが、それは間違いの無い事実です。
戦争の末期になり日本が追い詰められて来ると、さすがに余裕を無くして乱暴な事もあったようですが、それまでにやって来た事は充分、賞賛に値すると思います。
端折って言えば、日本は貧しく飢えた人たちに、まず自信を与え、その上で食料や道具を買わせるのではなく、それを自分たちで作り獲得する方法を教えたのです。
学ぶということ、自分たちで努力するということ、これほど国家や人間にとって大事な事はありません。
可哀想だと金だけ与えたらどうなるか、アメリカの先住民やエスキモーたちがどうなったかを見れば分かります。
アルコール依存やドラッグ依存の高い率、そして希望を失った心。
支配者が道路を作り店を作るだけならどうなるか、フィリピンでは鉛筆一つ自国で作れず、サイパンなどの島々では労働と消費だけの存在になりました。
しかし、自ら学び努力することを教わった人たちはどうでしょう。
台湾・韓国の発展を見れば、その答えも明らかです。
いったい他国の統治を受けた国で、この二国ほど短期間に発展した国が他にあるでしょうか。
広く教育を行い、自ら働いて物を作り出すということを教われば、誰もが自国を盛り立て自分自身を幸せに出来ます。
そうしたものを与えられなかった国々は、今も半植民地状態であり、悲惨な状況を生きています。
アフリカでの飢餓と戦乱が、なぜ21世紀になっても終わらないのか、誰よりも旧宗主国であるヨーロッパの国々が良く知っているでしょう。
かつて日本は輝き、世界に希望と夢を与えました。
白人が有色人を食らうだけの世界において、別の選択肢を示していました。
それが日本の利益の為であろうと、そこから生まれたものに変わりはありません。
しかし、今の日本は世界に夢を与えているでしょうか?
平和主義だの非戦だのと言って、世界の政治プレーヤーになろうとしない日本は、そのことで世界に夢と希望を与えられたのでしょうか?
失望だけを与え、多くの弱き国々にとっての選択肢を一つにしてしまっただけではないでしょうか。
目先の生活が大事、誰がどこで苦しんでいようと、世界が間違った価値観に支配されていようと、知った事ではない。
とにかく、平穏無事に毎日が過ごせ、ニュースに毒づいてストレス発散が出来れば幸せ。
そんな国になってしまった気がします。
名誉や誇りでは食えない。
たしかにその通りです。
しかし、「人はパンのみにて生くるにあらず」という言葉もあります。
本来の意味とは違うかも知れませんが、自分の仕事や行き方に誇りが無くては幸せではありません。
個人だけでなく国も同じです。
侮蔑と怨嗟を受けながら、自国のみの平和と繁栄を楽しむ事は、出来そうで実は出来ないのです。
些細な例ですが、二十年ほど前、複数の知人が100万以上の給料を取っていながら、安くてもいいから人に胸を張れる仕事に就きたいと言っていた事を思い出します。
金の痛みは私も死ぬほど知っていますが、それでも人はそれだけではないのです。
日本はかつて、世界に夢と希望を与えました。
そして今も、それをする力とポテンシャルがあります。
それなのに、お花畑の夢物語と、自分の生活だけに追われるだけでいいのでしょうか。
それで、幸せな国、あるいは幸せな人生なのでしょうか。
アジアや世界に向けて、彼らとは違う価値観を示そうとした熱い心と野望の時代は、本当に不幸だったのでしょうか。
当時を生きた人たちの物語を読む限り、苦しみはあっても燃える思いに生きる充実を感じるのは私だけでしょうか。
自分たちだけの平穏とそこそこの生活、目指すべき理想も信念も無い社会、本当に幸せなのでしょうか。
どうも、まだ頭が混乱しているようです。
やはり、もう少しリハビリが必要ですね^^)。


by unimaro
医療・信長党