あなたは、100年以上前の無学なお針子と自分を比べて、どちらが日本と周辺国の情勢を知っていると思いますか。
もちろん、あらゆる情報手段が発達した現代では、居ながらにして日本や周辺国だけでなく、世界の果ての状況であろうとも手に入れられます。
だから私たちと、100年前の、しかも無学なお針子では比べ物にならないと思うでしょう。
しかし、本当にそうでしょうか。
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1865年に生まれた畠山勇子は、貧困家庭で育った上に父親を早く亡くし、結婚・離婚と苦労を重ねて、数えの27歳の時(1891年)には、お針子として奉公していました。
その年の5月11日、滋賀県大津市で、訪問中のロシア帝国の皇太子・ニコライが、警備にあたっていた巡査・津田三蔵に切りつけられるという大津事件が起きます。
当時の日本とは比較にならない大国ロシアの、皇太子を傷つけた事件に日本中は騒然となりました。
現在に喩えるなら、来日中の温家宝首相を暴漢が襲う以上の衝撃でしょう。
報復として侵攻されるか、あるいは巨額の賠償金や領土割譲の要求があるか、政府はもちろん全国民が恐れおののいていました。
ロシア公使シェービッチは、「いかなる事態になるか判らない」と発言し、ロシア皇帝からも犯人の死刑要求があったそうです。
事の重大性に、事件翌日には明治天皇が直々にお見舞いへ訪れ、さらにはロシアの軍艦にまで出向いて二度目のお見舞いをされています。
学校は謹慎の意を表して休校となり、神社や寺院や教会では、皇太子平癒の祈祷が行われたりしたとか。
さらに、ニコライの元に届けられた見舞い電報は1万通を超えたといいます。
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そんな最中の5月20日、畠山勇子は、ニコライ皇太子への謝罪の遺書を残して自殺しました。
ウィキペディアから、その様子を引用します。
5月20日の午後7時過ぎ、「露国御官吏様」「日本政府様」「政府御中様」と書かれた嘆願書を京都府庁に投じ、府庁前で死後見苦しからぬようにと両足を手拭で括って、剃刀で咽喉と胸部を深く切って自殺を謀った。しかしすぐには死ぬことができず、すぐに病院に運ばれて治療が施されたが、傷の深さゆえ出血多量で絶命した。享年27歳(数え)。日清戦争の3年前、当時の日本はまだ極東の弱小国で、この事件を口実に大国ロシアに宣戦布告でもされたら国家滅亡さえ危ぶまれた、彼女はそう判断したのである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ウィキペディアによれば、彼女の自決は日本だけでなく世界にも伝わったそうです。
その壮絶な死は「烈女勇子」と国家主義者が喧伝して世間に広まり、盛大な追悼式が行われた。 ニコライ皇太子に宛てた遺書や、センセーショナルな新聞の報道などによって国際社会の同情をかい、ロシア側の寛容な態度(武力報復、賠償請求ともになし)につながったと評価される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
本当に彼女の死が、ロシアの寛容な態度に影響を与えたのか、それは分かりません。
また、謝罪の為の自殺という方法を、褒めているのでもありません。
私が注目したいのは、数えの27歳のお針子奉公をしている女性ですら、当時の日本が置かれた立場、そしてロシアの脅威というものを、強く認識していた事です。
それも理屈だけではなく、身を捧げて謝罪しないと日本が危ない!、そう思い実行するほどにです。
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翻って、現在の政治家や私たちを考えてみましょう。
13歳の少女・横田めぐみさんを始めとして、多数の自国民を拉致し監禁を続ける北朝鮮は、誠意を見せるどころか日本を攻撃すると脅して来ています。
そんな北朝鮮に対して、経済制裁を止めようとか国交交渉を優先しようと言う議員がたくさん居るのです。
阿比留さんのブログで紹介された、「日朝国交正常化推進議員連盟」には、そんな議員が100名近く集まっているのだそうです。
山崎拓、加藤紘一、民主党の川上義博・菅直人、公明党の東順治、社民党の福島瑞穂と、まさに有名どころが勢ぞろいしています。
逆に制裁を継続しようと言う、「北朝鮮外交を慎重に進める会」の方の出席者は、山本一太、世耕弘成、下村博文、鈴木馨祐、塚田一郎、水野賢一の6人だけだったそうです。
※阿比留記者のブログ↓
北朝鮮をめぐる二つの重要な動きに注目すべきです
この人数の差は、当然、有権者の支持の差です。
中国に対しても同じ事が言えます。
中国の軍事費増加率は毎年2桁の伸び率を続け、核ミサイルは日本を狙っているのに、そんな国を脅威と呼べば抗議する議員が沢山います。
それどころか、防衛予算を毎年削減し続けて、完全に防衛用である弾道弾迎撃ミサイルの配備にすら反対する議員もいるのです。
もちろん彼らは、有権者の支持を得て議員になっています。
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北朝鮮や中国との友好を優先し、防衛予算を削減し続ける議員と、そんな彼らを選び支持する多くの国民。
彼らは、日本が置かれた状況やそれを取り囲む脅威について、どこまで認識し、考えているのでしょう。
無関心、あるいは余りにも希薄な危機意識、そして国の安全に対する無責任さ…。
国会議員も有権者も、100年前の、無学なお針子にも劣ると思えるのは、私だけでしょうか。
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2008/06/08 10:41
やせ我慢さま、初めまして。
最近勝手にTBを送らせていただいております。
今日のお話、ひどく響くものがありました。
政治家もマスコミも、目の前の利益を追いかけて走るドッグレースの盲目の犬です。
こういう時代への警鐘として、実に鮮やかな印象を受けました。
ありがとうございました。
2008/06/08 11:35
こんにちは。
明治時代が1868年からですから、1865年に生まれた畠山勇子は実感として外国の脅威を肌で感じていたのでしょうね。
現代の日本人の多数が戦後派で、WGIPの洗脳教育に染まってますし、ほとんど戦争を肌感覚として知らないですから危機感が無くなったのも無理ないのかも知れません。
やはり石原都知事が仰るように、テポドンが日本に一発落ちれば良かったのかも知れません。
それくらいでないと目覚めないのかも知れません。
もしくは、平成の黒船の来航か?
2008/06/08 12:23
To ysbeeさん
>今日のお話、ひどく響くものがありました。
ありがとうございます。
とても嬉しいです。
褒めて頂くと言いにくいのですが、TB頂いた記事の内容について、批判的なエントリーを書こうと思っていました。
もちろん、中国に対する批判や危機感という根本はまったく同意なのですが、情報の扱いという点で疑問を感じたのです。
時間が有り次第、書くつもりですが、ご気分を害されないようお願いいたしします。
2008/06/08 12:29
To maikeeさん
>明治時代が1868年からですから、1865年に生まれた畠山勇子は実感として外国の脅威を肌で感じていたのでしょうね。
彼女の生家は千葉の鴨川だそうです。
維新の動乱に関して、身近な人から話を聞いていたのかもしれませんね。
>やはり石原都知事が仰るように、テポドンが日本に一発落ちれば良かったのかも知れません。
実はそのような外圧?しか、目覚める方法は無いと思います。
外圧は、いろいろな可能性がありますが、日本へ来る外国人労働者もその一つになるかもなと…
2008/06/08 16:23
畠山女史の話はなんとなく聞いたことがあります。
知行合一という考えに即して言えば、
われわれも政治家も彼女に劣ると言わざるを得ませんね。
ひょっとすると陽明学の影響が
彼女にはあったのかも知れないと思います。
2008/06/08 20:34
To 故郷求めてさん
>知行合一という考えに即して言えば、
>われわれも政治家も彼女に劣ると言わざるを得ませんね。
彼女だけでなく、学校の休校や寺社の祈祷、お見舞いの手紙など、多くの日本人が、本当に危機感を我が身のものとして感じていたんですね。
2008/06/08 20:39
To zeik (ジーク)さん
>繰り返し、繰り返し、一人でも意識を変える作業、やるしかないと思います。
はじめまして。
はい、その通りですね。
でも、ちょっとは工夫してみたいかなと…^^)
2008/06/08 23:15
To nihonhanihonさん
>社会を大事に思っているかどうかでもだいぶ違うんだろうと思います。
そうだろうと思います。
自国を、自分の社会を大事にしないと、無くなる思うかどうかでしょう。
2008/06/09 07:10
決定的に違うのは、たとえ明治政府に不満を持っている人がいたとしても、日本国を転覆させてしまえとかいう不届き者はいなかったことでしょう。
日本国という括りでは一心同体の意識は強かったと思います。
今は、他国に主権を渡しても平気な人が多すぎます。
2008/06/09 10:57
皆さんご存知の逸話ですが、大津事件の裁判で裁判官が「情に走らず判決した」ということにより、日本の信頼を保てた、ということにおいても大きな事件ですね。
なにせ、「超法規的に計らえ」という声が叫ばれたりしていたわけでして・・・、そうなるのは当然の出来事ですが。
サヨク法律家は大津事件を、上記の部分だけ「誇らしげに」取り上げたりしますが、実際の現在の「五星紅旗地域」政権などへの対応について、どう思っているかと考えると、寒いとしか思えませんね。
彼らは、表題の例のような「温家宝氏襲撃事件」が仮に起きた場合、「超法規的措置を求める」とか言い出しかねないな、と・・・。
2008/06/09 12:31
To maikeeさん
>日本国という括りでは一心同体の意識は強かったと思います。
>今は、他国に主権を渡しても平気な人が多すぎます。
ええ、社会主義という思想は入って来ていましたが、国を売るような考えは支持されなかったようです。
2008/06/09 13:28
To nihonhanihonさん
>皆さんご存知の逸話ですが、大津事件の裁判で裁判官が「情に走らず判決した」ということにより、日本の信頼を保てた、ということにおいても大きな事件ですね。
まぁ、なんとかギリギリで、そのような形に出来たようですが、いろいろと通常の手続きは省略や無理があったようです。
>彼らは、表題の例のような「温家宝氏襲撃事件」が仮に起きた場合、「超法規的措置を求める」とか言い出しかねないな、と・・・。
どうでしょうね。
さすがに、それは無いと思いたいです。
2008/06/09 16:33
江戸時代の末期のように、『黒船』の艦砲外交に押し切られ、数々の不平等条約を結ばされ、さらに『国土の割譲』という屈辱的な現実に晒されない限り、『平和と言う名の惰眠』から日本人は醒める事がないでしょう。
2008/06/09 16:54
To hanehanさん
>江戸時代の末期のように、『黒船』の艦砲外交に押し切られ、数々の不平等条約を結ばされ、さらに『国土の割譲』という屈辱的な現実に晒されない限り、『平和と言う名の惰眠』から日本人は醒める事がないでしょう。
そこまで行くと取り返しが付かない気もします。
いずれにせよ、きっかけは外圧でしょうね。
必要最小限度の外圧を、演出するくらいの策を取って欲しいものです。


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