先のエントリーで書いたように、普通の人が一番不安に感じている老後保障は、信長党が掲げる具体的目標の一つである。結論を先に書けば、国民の誰もがどんな生き方をして来ようと全て、飢えることも路上で寝るようなことにもならない形を目指す。望ましい社会として、どんな人でも飢え死にするのを放置することはモラル上も治安上も出来ない。放置することで、逆にコストが高くついているとい現状もある。
ただし、それをコスト的にもモラル的にも可能にする為に、以下の考え方を取り入れる。つまり、「区別」・「制限」・「奉仕」の三要素である。区別とは、社会保障に対する負担実績によって、その老後保障の内容とシステムを変えることだ。制限とは、負担の有無による制限や負担した人でも可能な一定の保障範囲で我慢してもらうことだ。また奉仕とは、充分な資産のある人に受給の一部や全部を返上してもらったり、医療費等の負担をしてもらうことだ。
以下、ツイッターより
まず、老後の安心という定義が、幾つかのタイプの人によって違うという現実を直視します。同様に、その果たして来た責任によって、老後の保障が違うのは当然であり、モラル上も必要であると考えます。
何かの公的保障制度を作る時に、今は表面上は何の区別も無いように考えられていますが、実際には負担(つまりは支払い)で区別されています。皆保険と言いながら、保険料を払わなければ保険証が出ない自治体も少なく有りません。もともと、全て同じに扱うなど無理なのです。
公的保障の為の負担が出来ない、あるいは負担して来なかった人と、ちゃんと負担をしっかりして来た人、さらにもっと余裕のある人、これらを同じ制度やシステムで対応することに無理があると思います。
どこにラインを置くかは、もっと下層のレイヤーで決めるとして、とにかく三つのタイプに対してそれぞれ違う考えとシステムで対処するということだ。
老後保障の為の負担をして来なかった、あるいは、その条件を満たせなかった人たちをA組とします。一部には放置しろという人も居ますが、モラル上もまた治安上もそれは出来ません。今でも行き倒れで救急車が呼ばれれば、結局行政が面倒をみています。
表面的には平等を装いながら、実は支払いによって区別し、支払いの無いものを放置して悪化させ、最後は仕方なく行政が引き取り、逆に高く付いているという、馬鹿げた現状です。もちろん高齢者なら、そうなる前に生活保護が受けられるはずですが、それもそうでは無いようです。
負担して来なかった人や、基準にまで満たなかった人の為に専用の仕組みを作ることは差別でも何でも無く、現実に存在する違いに対する効果的な方法であり、また、これから負担する人たちに対するモラルを維持するためにも必要な選択です。
老後の安心というと非常に漠然とし、幅広く捉えることが出来ます。しかし、最小限度なると衣食住、そしてある程度の自由な行動に必要なお金でしょう。保証制度に対する負担をして来なかった人たちには、これらを許容出来るコスト内に抑えて提供するべきではないかと考えます。
その為には、一定レベルの我慢をして貰う必要があるでしょう。たとえば、団地のような場所に一緒に住んでもらうとか、衣食はバウチャーか、あるいは支給という仕組みが必要かもしれません。また医療にも、一定の制限が求められるでしょう。
貧乏な老人を一箇所に住まわせ、衣食も限られ、医療も高度な延命は受けられない…。それは非人道的なことでしょうか?しかし現実のシステムである以上、費用負担無しには成り立ちません。政府ならともかく、個人が他人である金持ちの負担を当てにするのは間違っています。
負担を負って来なかった老人たちには、最低限の衣食住と医療と小遣いを支給するが、そのコスト削減の為には一定の我慢をしてもらう。それが第一番目です。
二番目は、きちんと負担を負って来た老人です。こういう方には、衣食住を自由に選んでもらい、自分のライフスタイルを継続して老後を送れるようにすべきです。そうすると保障の方法は現金の支給ということになります。
これも実際には、家が有るか無いかとか、いろいろな状況があるでしょうが、とりあえず生活費だけ考えます。その金額の目安は、最低賃金の月額ではどうかと考えています。もちろん、一人づつです。自由に生きていける最低限の数字です。
但し、医療については無料ではあるが、治療内容に上限を設けざるを得ないでしょう。際限無く膨れ上がる医療負担には、今後の少子高齢化社会は耐えられないからです。
最後に、負担も負ってきたし、なおかつ資産も一定以上有るという老人です。本来なら老後保障という現金支給を受けられる立場ですが、それを資産に応じて減額し、資産額によっては納税さえしてもらいます。さらには、医療も無料ではなく一定の負担をしてもらいます。
負担と配当というバランスで見れば理不尽な話ですが、現実にそうしないと社会全体のシステムがコスト的に保てなくなるのです。ですから、これは負担tと配当という考えではなく、国民の義務に謳った公共への奉仕の一部だと理解してもらうべきでしょう。
長くなりましたが老後保障を纏めれば、負担して来なかった老人には一定の我慢と最低限の衣食住と医療・小遣いを提供し、負担してきた人には最低賃金と同等 の金額で自由に暮らしてもらい、資産のある老人には公共への奉仕という視点でコスト負担を一部してもらうと言うことです。
如何でしょう? これが信長党が掲げる具体的な目標の一つである「老後の安心」の試案です。党員はもとより、他の方の意見も伺いたいと思います。基本は負担に応じての我慢と自由であり、誰もが決して野垂れ死にしない老後です。
この、具体的な目標を実現する、あるいは最も近い結果を出す方法を選択し、支持していきます。もちろん、他の目標とのバランスや国全体のバランスも加味した上でです。
みなさんは、どんな具体的な老後保障を望んでいるでしょう?
by unimaro
医療・信長党